田岡仏壇通信

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戦艦『武蔵』に乗船されていた方の話

2015-08-13

ブログをご覧頂きましてありがとうございます。感謝です。

 

終戦記念日が近づきますと戦争の話、広島・長崎の原爆の番組が多くなります。昨日は戦艦『武蔵』に乗務されていた方の話を番組で取り上げておられました。横須賀で訓練を受けて『武蔵』へ乗船し戦場へそしてその後・・・最初から最後まで見入ってしまいました。

 

その方は天候を監視する役目で乗船されたと言っていたと思うのですが、その他に船員たちの為に音楽を弾く方など昨日の番組を見ていまして本当に多くの役目の方がおられるのだなと思いました。その方の部署は船の左前方に位置し、やがて敵の攻撃を受けられました。

 

 

その日沈没してしまったのですが、その日5回ほど攻撃をされたそうです。最初の攻撃は乗り切られたのですが、2回目の攻撃時、部署の扉をしっかりと閉めておかないといけないということで若い船員さんが開かないようにとおさえていたところに爆撃が・・・。扉は吹き飛ばされ、その方は腹に爆撃を受けうずくまり、後ろを見ると上官の頭上部が飛んでいきそれぞれ死亡、その後3回4回目を受けた後、もう無理と判断し上官と外へ出ようと試みるのですが、多くの死体で外に出れず、何とか出て、残った船員さんたちが集められ、副艦長から、退艦命令が出ました。

 

 

一斉に海に飛び込むも、その海は多くの船員で大渋滞、泳ぐことも出来ず、ただ武蔵が沈みますので出来るだけ遠くへ逃げなければと思っても泳ぐことも出来ない・・・やがて武蔵が沈没・・・沈みゆく渦にその船員さんも飲み込まれた際気を失ったそうです。気が付いたときには幸い海上に漂っていたそうです。運よく近くに小さなまな板くらいの木があり、5〜6時間漂っていました。左手は渦にのみ込まれた際傷を負ったようで動かなかったので、右手だけで漂っていました。やがて武蔵からの重油があたり一面に広がり、飲んでしまいますと死亡してしまいますので、何とか口に入れず・・その後救助されたそうです。船上での恐ろしい経験、また海上での恐ろしい経験、どちらかというと海上の方が恐ろしかったな。と言われていました。

 

 

このような体験談を聞くだけで戦争の恐ろしさ、愚かさを感じます。なぜ戦争をしなければならなかったのか・・・今日も同じような番組があるようなので子供と見たいと思います。下の二人は、まだ、何で?何で?と聞いてきますのでなるべくわかりやすく説明してあげたいと思います。

 

生かさせていただいていることに、感謝です。

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